日本国際法律家協会は人権,民主主義,平和,環境などを通して法律家の国際的な連帯を求める活動を行なっています。
 
 
 


報告:コスタリカの今
日本国際法律家協会事務局長・弁護士 笹本 潤

●1.はじめに
 2011年5月10〜12日に「軍隊のない国」コスタリカのスタディツアーに参加した(富士国際旅行社主催)。私は、コスタリカに留学経験があることからガイド役で同行した。
 国境紛争の平和的解決にも参考になるであろうニカラグアとの国境紛争の経験や、コスタリカにおける国民生活の格差が拡大が犯罪の多発や新しい政治を生じさせていること、軍隊を認めないコスタリカ憲法が麻薬取引の取締りを理由にした米軍駐留を許すことができるか、などの日本の参考になるような話を聞くことができた。

●2.コスタリカとニカラグアの国境紛争の平和的解決
(1)国境紛争の発端について
 コスタリカの北国境はニカラグアと隣接し、サンファン川という川が国境になっている。コスタリカによると、この国境を超えてニカラグアの軍隊が2010年 11月に駐留し始めたという。この話を伺ったのは、現在はコスタリカの外務省の法務部長に就任しているカルロス・バルガスさん。私を3年前に留学に誘ってくれた方であるが、現在は外務省内にオフィスを構えている。
 彼の話によると、ニカラグアはパナマ運河のほかにニカラグアを横断する運河の建設を目指しているという。(実際サンファン川とニカラグア湖を利用すると運河建設は十分可能)
 これに対して「軍隊のない国」コスタリカはどう対応したか。
(2)コスタリカ国内の受け止め
 軍隊がなくても国を守れるといつもだと答える国民の間も、今回は少し違った反応だったようだ。軍隊がないからニカラグア軍の居座りを許してしまったとか、反撃して追い出すべきだ、という意見もかなりあったという。国会においても右翼的な政党は、軍隊の復活を唱えているらしい。テレビの報道でも国境警備にあたる警察官が緊張感をもって配置されていた。
 外務省の中でも国際法の分野を担当するバルガスさんは、この国境紛争を武力衝突に発展させないために、政府の一員として国際法に従った紛争解決の道を徹底して求めたという。
 具体的には、まず、米州機構(OAS)の仲裁を活用し、米州機構事務総長による現地調査を行った。ニカラグアは軍隊の駐留だけでなく、新しい国境をつくるために森を伐採して運河を建設しようとしているという。この環境破壊の場面を、スライド写真を使って説明してもらった。
 しかし、米州機構の仲裁が解決できないと、今度はコスタリカは国際司法裁判所への提訴に踏み切った。現在は仮の保全措置として、紛争地域からのニカラグア軍の撤退命令が出され、ニカラグア軍は当面撤退したが、まだ民兵150人がいるという。国際司法裁判所の最終決定はまだ先のことだが、何とか武力紛争に発展させないでここまで進んできたことが報告された。
 国民に対しても武力衝突でなく国際法に従って平和的に解決すべきということを伝えるようにして、学校やマスコミとの会合や、外務省内でも多くの会合を持ったという。ニカラグア軍を実力で追い出せないという悔しさがバルガスさんも含めて国民の間にあったようで、この間苦悩しながらの「紛争の平和的解決」の実践をしてきたのだなと感じさせられた。バルガスさんも、私たち日本の参加者に対して「もし沖縄に北朝鮮軍が侵攻してきたら同じことができますか?」という問いかけをして、日本の平和運動においてもこの経験を役立ててほしいと語った。
(3)ニカラグアとの関係 小学校訪問
 同時に驚かされたのは、ニカラグアとの国境紛争の解決と同時に、70万人のも上るニカラグアからの難民の受け入れは平行して進められ、国境紛争中だからということで、コスタリカ国民の間からはニカラグア人の排斥運動などは起こらなかったという。バルガスさんによるとこのような「寛容の精神」がすごく大切で、国境紛争と、市民レベルの交流は分けて考えることができたとのことである。日本においては北朝鮮の挑発がある度に、朝鮮学校での差別や無償化の廃止の動きが出てくるのとは大違いの反応だった。
 私たちは今回のツアーの中で、ニカラグアからの難民の子どもたちを受け入れているラ・カルピオ地区の幼稚園・小学校「フィンカ・ラ・カハ」を訪問した。以前リンコングランデ校の教師でもあった園長のコンスエロ・バルガス先生の案内で見学させていただいた。
 国からは教育として認可されているものの、補助金は出ておらず、寄付や先生方のボランティア的な活動によるところが大きいという。小学校の校庭も駐車場くらいの広さしかなく、何十名の小学生が休み時間にぶつかり合うように遊んでいたのが印象に残る。しかし子どもたちは目が生き生きとして楽しそうだった。ニカラグアにいて教育を受けられないのに比べると、よほど嬉しいらしい。私たちは、校舎の拡充のために若干のカンパもしてきた。

●3.現在のコスタリカ社会の問題点
(1)大きな変化を迎えたコスタリカ社会
 コスタリカは、特に2000年以降、イラク戦争を支持したり、公社の民営化の動きがあり、アメリカとのFTAの批准などの結果、貧富の差が大きくなり、治安の悪化も進んで、大きな変化の時期を迎えている。これらは、今のラテンアメリカ全体にも共通する現象である。
 私たちは、最大野党の市民行動党(PAC)のルイス・ギジョルモ・ソリスさんに、コスタリカ大学近くのレストランで話を聞くことができた。ソリスさんは、3年後の大統領選の候補者になる予定ともいう。
 ソリスさんによると、今までのコスタリカ社会が中南米の中で先進的だと言われていたところは、@中流階級が多かったこと、A社会保障、教育の充実、B軍隊を持たない平和国家、C持続的な自然環境の保護の4点であったが、最近これが崩れつつあるという。
 富裕層は税金でも優遇され、社会福祉が削られ、企業間格差も生じて、貧富の格差が拡大してきている。政治家も保守的になってきており汚職にまみれているという。今まではコスタリカはアメリカの傘のもとにあったが、アメリカ自身が病んでおり、コスタリカもその影響を受けているという。また、治安も悪くなってきており、平和についても米軍の駐留を許している。
 これらの原因の根本はいずれも不平等社会が生み出してきたもので、暴力もはびこってきているとのことである。教育や健康な生活は揺らぎ、安全は害され、若者の仕事が見つからない事態になってきており、社会の調和的な発展ができなくなっているという。コスタリカの先進的なところはなくなり、他の中南米諸国と変わらない国になってきた。
 市民行動党(PAC)は、もともと与党の国民解放党(PLN)から枝分かれしてできた党であるが、電電公社(ICE)の民営化の動きとアメリカとの自由貿易協定(CAFTA)など新自由主義の動きへの抵抗運動の中で誕生してきた党である。
 ソリスさんによれば、現在のコスタリカ政府は、国民を大事にすることよりもお金の動きに興味が強いようであるという。政府が締結した自由貿易協定の賛否を問う国民投票の際には、多国籍企業が国民の運動の約20倍の資金を使って運動を展開したとのことである。しかも自由貿易協定の結果導入された外資系企業は国民のために役立っていないという。
(2)現在の国会の状況
 コスタリカの国会は、7つの県ごとに比例代表制で選ばれた57人の国会議員からなる。政党の配置は、与党の「国民解放党(PLN)」が24人、野党は「市民行動党(PAC)」が11人、中道右派の「自由主義運動」が9人、グローバリゼーションを推進する「社会キリスト統一党」が6人、身体障害者の権利を主張する新政党「PASE」が4人、非カトリックのキリスト教の「イノベーション」が1人、国の改革を求める「国民統合」が1人、左翼政党の「強い前線」が1人という構成である。従来は国民解放党とキリスト教統一党が二大政党だったが、最近は他党化してきた。当選した議員の4割が女性でなくてはならない決まりがあるので、各党が比例代表リストから女性が40%以上になるように調整されるという。
 最近は元大統領や政府関係者の汚職が多くなったことや、与党がコスタリカ社会の変化に対応していないことなどの理由で、大統領選などの選挙の投票率も下がってきている(1998年82%→2010年60%)。
 コスタリカには、有権者の登録や住民登録、選挙関連の裁判を担当するために、三権とは独立して選挙最高裁判所がある。その担当者の話では、投票率を向上させるために裁判所内に「民主主義の研究養成機関(IFED)」を設立し、国会議員選挙にあたっては、81ある郡(7つの県の下の行政単位canton)ごとに、生活の質、貧困度、開発度、教育、ビジネスチャンス、財政状態の6項目にわたって1位から81位までランク付けしたパンフレットを国民に配布し、自分の住んでいる地域がどのくらいの生活水準であるかが一目でわかるようにしたという。
 また小中高の生徒会の選挙において、選挙活動を生徒にさせ、実現可能な政策を掲げさせて選挙活動に興味を持たせたり、81ある郡ごとに選挙推進のリーダーを育成したりする活動も選挙最高裁判所が推進している。
 ソリスさんの話を聞いていると、コスタリカ国民が選挙に興味を示さなくなったのは、政府に対する絶望感があったからであるから、このような選挙制度の努力に付け足して、現在のコスタリカ社会を打開していく新たな政治勢力がいかに成長していくかが、選挙における投票率向上の鍵を握っていると思う。
(3)これからのコスタリカ社会
 ソリスさんによれば、現在のコスタリカ社会は、たとえて言えば、陽が暮れかけていてぼんやりしている状態だという。どのような方向を目指すべきか混沌としている。他のラテンアメリカ諸国のように左翼政権になっているのとは違って、市民行動党(PAC)は、ルール化された資本主義を目指しており、資本主義からの転換は目指していないという。PACは、右派から左派までいる幅の広い党で、日本の民主党に似ているが、社会の根本問題が経済的不平等にあるとしっかりと捉えているところが異なる印象を受けた。ちょうどコスタリカ滞在中の時に、国会議長のポストが史上初めて与党から野党に変わり、時代の変化を感じることができた。
 また今後の強化すべき分野として、1、教育、2、社会保障、3、恐がらずに道を歩けるほどの治安の回復、4、インフラ整備、5、乱開発を許さない環境保護であるが、これらの政策を実現するのには予算が必要であるとのこと。現在コスタリカは13%の間接税の税収がかけられているが、ブラジルで行われている35%の累進課税などの措置が必要になってくる。経済成長率も現在の3%から6%くらいに上げないといけない。また外資も投機的なものでなく、本当に産業の発展のための投資になることである。保守的な政党は外国人排斥や治安の回復を言うが、一番恐ろしいのは国民がこの社会を変えていくのが恐い、と思って保守的になってしまうことだ、とソリスさんは指摘する。
 国内の犯罪や麻薬取引にたいして、国民からすぐに解決してとの要望が出されるが、できるだけ理論的に考えるように要望している。国政の場でも、国内の治安対策と国際的な麻薬取引の対策のために軍備を整備しなければならないという主張も登場してきているとのことだ。

●4.平和憲法の破壊と司法の現状
(1)ロベルト弁護士の起こした裁判の現状
 コスタリカ政府がイラク戦争時にイラク戦争の有志連合に入って支持したことに対して違憲判決を勝ち取ったロベルト弁護士にも会って話を聞くことができた。ロベルト弁護士は、今年の1月に来日したばかりであるが、コスタリカの平和憲法の厳密な解釈で訴訟を進め、平和憲法を守ろうとしているロベルト弁護士の話には、私たち参加者一同を改めて感心した。
 ロベルト弁護士は、この違憲判決以来全部で4件の平和憲法訴訟を起こしているが、最近の自由貿易協定(FTA)の武器輸入条項違憲訴訟や米軍のコスタリカ駐留の違憲訴訟では、憲法裁判所はまともな判断をしてくれなくなってきた、という。
 FTAの訴訟では、訴訟提起をすると、効力が発生してからにしてくれと敗訴し、批准してから提訴すると遅すぎるからと敗訴して、憲法裁判所はまともに審理をする態度でないという。米軍の駐留問題の訴訟でも、憲法裁判所ははっきりとした理由を言わず敗訴させ、次の米州人権委員会への個人請願の申立も進めづらい状況だという。
 かつてはイラク戦争支持に違憲判決を出し、コスタリカの平和憲法を守ってきた憲法裁判所だが特に平和の分野での後退が目立つ。ロベルト弁護士によればアリアス大統領の息がかかった判事が選ばれているという。
 なお、私たちは憲法裁判所にも訪れて話を聞くことができたが、子どもの遊ぶ権利や環境権、エイズ患者の権利の擁護などの分野では、憲法上の権利の救済を認める判決が、年間2万件の事件数の中でも、多く出されているとのことである。平和の分野だけは別なのであろうか。
(2)米軍の駐留問題の平和憲法違反について
 この問題については、ロベルト弁護士以外にもバルガスさんやソリスさんからも話を聞くことができた。
 意見の違いを大きく分けると、コスタリカ政府は、米艦船の寄港は、他の中南米諸国とも共同して麻薬取締に取り組まざるを得ず、寄港も燃料補給などに限定されているから軍隊廃止を掲げている平和憲法には反しない、という見解である。それに対して、市民行動党やロベルト弁護士の見解は、米軍の兵士の数や艦船や装備が麻薬取締にしては大規模すぎて、麻薬取締とは別の目的(アメリカによる中南米の軍事的支配)と考えざるを得ない、というものである。
 以前に政府がイラク戦争を支持したときは、国民の世論が圧倒的に政府に反対だったことに比べると、今度の麻薬取締対策としての米軍の寄港は意見の分かれるところだ。ロベルト弁護士は、麻薬の栽培地であるコロンビアと麻薬の消費国であるアメリカの間で進めればいいことを、他の中南米諸国まで巻き込んでいるところがおかしいところである。コロンビアの麻薬栽培やアメリカの麻薬取締を本格的にすれば解決するはずなのに、アメリカは本気で麻薬取引撲滅に取り組んでいない、という。
 一方政府のバルガスさんは、麻薬取引の国際犯罪組織は潜水艦なども持っており、米軍の力を借りないと取り締まれない、という。
 ロベルト弁護士、バルガスさんの両方とも来日して、9条を広める運動にも参加してもらっているので、私としては複雑な心境ではある。
 この問題は、平和憲法を持っているコスタリカがアメリカの軍事的な要請に対して、どこまで平和政策を貫けるのかという問題であり、これはコスタリカの問題だけでなく、左翼政権誕生以降の激動の中南米情勢を反映した大きな問題の一環であると思う。

●5.原発問題、エコ発電などのことについて
 ちょうど日本で福島原子力発電所の事故が起こったことから、コスタリカでの反応も聞いてみた。まず話を聞いたすべての人が、冒頭に日本の地震・津波による被害に対して哀悼の意を表したことには感激した。ニカラグアの子どもたちも日本の地震の被害を知っていたようだった。
 コスタリカでは、原子力発電所はない。ロベルトが2008年に勝ち取った違憲判決では、ウランや原子炉の建設は、戦争につながる恐れがあるとして、それを認める法令が違憲無効となったが、これは原子力発電が戦争へつながる行為でもあることをいみじくも語っているものとして日本でも生かされるべき判決であろう。
 コスタリカに原子力発電所がない大きな理由の一つとして、電気の消費の少なさが上げられる。熱くても冷房はほとんど使わない。街の灯りもオレンジ色の質素なもので、過美なネオンなどもほとんどない。山の上から見たサンホセの街はオレンジ一色で、幻想的ですばらしく美しい風景だったことが印象に残っている。日本でも無駄な電力の消費を削減できれば、原子力発電がいらなくなることになるのであるが。
 私たちはトルトゥゲーロという亀の産卵も見られるカリブ海沿いの観光地にも行ったが、そこでは人間のふん尿を利用したエコ発電をしていた。ふん尿にバクテリアを入れて発電するらしいが、それで宿泊施設の電力はすべて補っているらしい。またコスタリカは火山が多いため、地熱発電も行われているとのことだ。いずれも日本でも原発に変わるエネルギーの獲得方法として参考になる。日本のJICAかの派遣員も、コスタリカでは原発は適しないと判断しているようである。


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